労働災害は、どんな会社でも発生する可能性があります。しかし、万が一自社で発生した場合、「会社としてどのような手続きが必要なのか思い浮かばない」「自分が業務中に負った怪我が労災に当たるのかわからない」と悩む方も少なくないのではないでしょうか。

適切な対応ができなかった場合、処罰の対象となったり、企業イメージが低下したりなど、企業経営に重大な影響を与えてしまうおそれがあります。いざ従業員から労災の報告があった際に慌てないためにも、労働災害について把握し、どのようなリスクがあるのか理解することが重要です。

本記事では、労働災害が認定される範囲や労災が発生した場合、会社がどのような対応をすべきなのか、会社はどのような責任をとるべきなのかについて実際の例を出しながら詳しく解説します。

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労働災害(労災)とは?

労働災害とは、雇用形態や年齢、性別や国籍を問わず、労働者が業務中に怪我・病気・死亡を負うことを指します。労災というと、工事現場での作業中の怪我や高所作業中の転落死をイメージする方が多いかもしれません。しかし、長時間労働による過労死やセクハラ・パワハラなどによる精神障害も労働災害と認定される場合もあります

労働災害は主に以下の2種類があります。

  • 業務災害(業務中に発生した労災)
  • 通勤災害(通勤中に発生した労災)

それぞれ解説していきます。

業務災害

業務災害とは、会社の支配や管理下にある業務中もしくは業務が原因で労働者が怪我や病気、障害、死亡を負うことを指します。

一方、業務中であっても、私的行為や業務を逸脱する行為による事故、地震や台風などの自然災害による事故は基本的に業務災害として認められません。

以下は、令和4年12月に発生した実際の業務災害の事例です。このような労働災害による痛ましい事故は後を絶ちません。


東京都江戸川区の地下施設につながるマンホール内で、爆発が発生し作業員2人が死亡した。マンホール内の地下24メートルで老朽化したハシゴの交換作業中だった。現場からは可燃性ガスが検出された。署は、メタンガスなどの天然ガスに引火した可能性があるとみて、ガスの発生原因を調べている。

【引用:中央労働災害防止協会「写真で見る労働災害ニュース 水道工事現場で爆発」】


通勤災害

通勤災害とは、通勤途中に労働者が受けた怪我や障害等のことを指します。基本的に、住居と会社間の正しい通勤経路を使用していた場合のみ通勤災害と認定されます

通勤経路を逸れた場所で事故に遭って怪我をした場合、通勤災害とはなりません。ただし、日用品の購入や、選挙の投票など例外的に認められる行為の後に通勤経路に戻った場合は、通勤災害の対象になります。

詳しくは、以下の図を参照してください。

通勤災害の図解

【引用:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署労災保険給付の概要』より引用】

労働災害が起きる原因

労働災害には必ず原因があり、その結果として労働災害が発生します。発生原因には主に「不安全行動」と「不安全状態」の2種類にわけられます。

実際の労働災害は、この「不安全行動」と「不安全状態」の両方が組み合わさって発生している場合がほとんどです。

厚生労働省による「労働災害原因要素の分析(平成22年)」によれば、「不安全な行動」および「不安全な状態」に起因する労働災害は全体の94.7%を占めています。

ここでは、「不安全行動」と「不安全状態」をそれぞれ詳しく解説します。

不安全行動

不安全行動とは、労働者本人もしくは関係者の安全を害する危険性があると知りながら、故意に行う行動を指します。

時間や労力を省くことを優先するあまり、「急いでいるから」「慣れた作業だからこれくらい大丈夫」「事故を起こすはずがない」などの安易な考えが不安全行動につながり、労働災害を引き起こすケースが少なくありません。

具体的な不安全行動には、次のようなものが当てはまります。

  • 作業手順の不履行
  • 防護/保護具の未着用
  • 安全装置の無効化
  • 動作中の機械等への接近や接触
  • 機械の修理・点検の不履行
  • 不安全な状態の放置
  • 乗り物の運転の失敗

不安全状態

不安全状態とは、業務中に使用する設備や器具、作業環境の安全が確保されていない状態のことを指します。不安全状態には、具体的に次のような状態が当てはまります。

  • 機械や安全装置の損傷
  • 安全カバーやインターロックの不備
  • 機械の設計不良
  • 作業箇所のスペースが狭い
  • 物の積み方が不適切

発生した場合に会社が負う責任とは?

労働災害が発生した場合、会社はどのような責任を負う可能性があるのでしょうか。会社側は以下の4つの責任を追及される可能性があります。

  • 刑事責任
  • 民事責任
  • 行政上の責任
  • 社会的責任

刑事責任

刑事責任として、労働安全衛生法違反の罪および業務上過失致死傷罪に問われる可能性があります。労働安全衛生法に違反した場合、違反した行為者だけではなく、その事業主である法人や人も罰せられる「両罰規定」が適用されるのです。


第百二十二条  法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、第百十六条、第百十七条、第百十九条又は第百二十条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。

【引用:安全衛星情報センター 法令・通達 労働安全衛生法 第十二章 罰則(第百十五条の三-第百二十三条)


例えば、会社が危険な方法で労働者を働かせた結果として労働災害が発生したと評価された場合、会社やその責任者に対して刑事罰が問われる可能性があります。

民事責任

労働契約法第5条で定められている「安全配慮義務」によると、会社には、従業員が働きやすい環境で安全に仕事ができるように配慮する義務があります。労働災害の発生原因が、企業の「安全配慮義務」に違反している場合、会社は労働者に対して、民事上の損害賠償責任を負わなければなりません。

被災した労働者は、労災保険の給付を受けることができますが労働者が受けた損害のすべてが労災保険で補償されるわけではありません。そのため、労災保険給付を超える損害については、労働者から民事上の損害賠償責任を求められる場合もあるのです。

労災保険で補償されない損害には以下のようなものがあります。

  • 慰謝料(精神的な苦痛の補償)
  • 入院雑費(入院時の日用品の購入など)

行政上の責任

労働安全衛生法に違反している場合、労働基準監督署から是正勧告や機械などの使用停止処分を受ける場合があります

また、労災の種類や起きた時の状況、程度から作業停止や営業停止処分などの処分を受ける可能性があるため注意が必要です。

社会的責任

労働災害がメディアで報道されることにより、社会から批判を受けることがあります。例えば過労死の場合、ブラック企業のイメージが定着し、企業イメージが大きく損なわれることになりかねません。

会社の社会的評価が下がり信頼性が損なわれ、取引先を失う可能性も考えられます。

労働災害発生時/相談があったときに会社が対応すべきこと

万が一労働災害が発生した場合、会社としてはどのような対応をとるべきでしょうか。ここでは、労働災害発生時に取るべき対応の流れを解説します。

  • 医療機関への搬送指示をする
  • 発生状況、原因の把握する
  • 労働監督署へ報告する
  • 労災保険の手続きを進める
  • 労働監督署からの聞き取り調査に対応する
  • 労働災害の防止策を実施する

医療機関への搬送指示をする

当然のことですが、被災した労働者の救護が第一優先です。負傷した労働者を医療機関へ搬送するように指示します。

医療機関は、できるだけ労災指定病院を選んだほうがよいでしょう。労災保険の適用範囲内の治療であれば、労働者は治療費を負担する必要がありません。

また、二次災害が発生しないように、他の労働者を現場から安全な場所に退避させ、場合によっては機械などの運転を停止します。さらに、火災が発生している場合は、消防へ通報し、有毒ガスが漏れていないかなどを確認する必要があります。

発生状況、原因を把握する

労働基準監督署や警察による現場検証が行われるため、労災発生現場の状態を正確に保存しなければなりません。労災発生現場に手を触れずに、写真や動画で記録します。

可能な限り労災発生の直後に、関係者への事情聴取を行いましょう。事情聴取が遅れると、関係者の記憶が曖昧になり、正しい状況を聴取できなくなるうえ、被災した労働者や遺族へ正確に報告できず、不信を招くことになりかねません。

労働監督署へ報告する

労働者死傷病報告書および事故報告書を、所轄の労働基準監督署へ提出します。労働者死傷病報告書は、労働災害が発生した場合に提出が義務付けられおり、休業4日未満で労災保険の休業補償給付を受けない場合であっても、提出する義務があります。

提出を怠ったり、虚偽の内容を報告した場合、労働安全衛生法第120条および122条により、50万円以下の罰金に処せられます。

労災保険の手続きを進める

労災保険給付の請求書を作成し、労働基準監督署長に提出します。基本的に労災を利用する従業員が労災を申請しなければなりません。

労災保険給付の請求書には以下の情報を記載する必要があります。

  • 被災した労働者の名前
  • 労働災害が発生日
  • 労働災害の状況を確認した人の名前
  • 被災した労働者の怪我や病気の状態
  • 受診した医療機関

申請に必要な請求書フォームは、厚生労働省のホームページからダウンロードすることが可能です。(厚生労働省 労災保険給付関係請求書等ダウンロード

提出した請求書をもとに、労働基準監督署長により労災認定調査が実施され、労災に認定されると、労災保険から、休業補償給付、療養補償給付、障害補償給付などさまざまな給付を受けることができます。

労働監督署からの資料提出要請や聞き取り調査に対応する

労働基準監督署は、労災として認定するか、認定した場合の給付額を判断するために調査を実施します。

資料要請

労災を申請すると、労働基準監督署から、「使用者報告書」の提出および以下のような資料の提出が求められます。

<提出を求められる資料の例>

  • 会社組織図
  • 座席表
  • 就業規則や労使協定
  • 労災請求者の業務量に関する資料
  • 労災請求者の履歴書
  • 健康診断結果

業務中の転落や転倒などの事故による労働災害は、業務との関連性が明確である場合が多いため、調査は短期間で終了する傾向が高いです。一方、パワハラなどによる業務起因の精神疾患での労災申請の場合、調査は数か月かかる可能性があります。

精神障害の労災認定要件は、厚生労働省によって以下の通り定められています。


①認定基準の対象となる精神障害を発病していること

②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められていること

③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

【引用:厚生労働省 精神障害の労災認定


聞き取り調査

「使用者報告書」および各種資料を提出した後、労働基準監督署から聞き取り調査があります。提出した資料に沿って労災請求者の上司や同僚へ聞き取りが行われるのです

例えば、以下のようなポイントについて聞き取り調査が実施されます。

  • 同僚や上司とのトラブルがなかったか
  • パワハラやセクハラの被害を受けていなかったか
  • 業務量や勤務形態に大きな変化があり、肉体的および心理的に負荷がかかるような出来事があったか
  • 長時間労働があったか

労働基準監督署からの聞き取り調査を受ける前に、社内関係者へのヒアリングを通して労災の事実関係を徹底的に調査することが重要です。聞き取り調査で誤った報告をしてしまうと、後日、虚偽報告と疑われてしまう恐れがあります。

労働災害の防止策を実施する

実際に起きた労働災害の原因を分析し、再発防止に努めなければなりません。

再発防止策として次のような対策が有効でしょう。

  • 安全衛生教育の実施
  • 安全衛生管理体制の整備
  • 危険防止措置
  • 労災発生時のマニュアル作成

安全衛生教育の実施

会社は、労働者が働きやすい環境で安全に仕事ができるように配慮する義務があります。しかし、会社がどんなに安全に意識して取り組んでも、労働者の安全意識が低ければ労働災害につながってしまいます

安全な作業を定着させるために、以下のような危険に対する認識を高める活動が有効です。

  • ヒヤリハット活動

作業中に危険だと感じることが起こったが、幸い事故には至らなかった経験を作業者全員に周知します。ヒヤリハット経験を共有し、重大な事故を未然に防ぐ活動です。

  • 危険予知活動(KY活動)

作業前に作業時に考えられる危険要因とそれにより発生する災害について話し合います。作業者一人ひとりがさまざまな条件や状況に潜んでいる危険要因を予測し、その防止策まで考えることで危険予知能力を向上させます。

そのほか、危険予知訓練を実際に行い、メンバー全員の危険意識を高める活動も有効です。

安全衛生管理体制の整備

プレス機械など危険を伴う作業を実施する際は、作業主任者を選任し作業員の指揮や機器設備の点検を担当してもらいます。

危険防止措置

機械の動作範囲に作業員の身体が入らないように柵や覆いを設置したり、爆発する恐れのある危険物を取り扱う際は、換気や火気を使用しないなどの危険防止措置をとります

労災発生時のマニュアル作成

労災が発生した場合、どのように対処したらよいのかマニュアルを作成し労働者に周知徹底する必要があります。一度作成したら、日々の業務の変更に合わせてマニュアルも改訂し、常に最新の状態に保つことが重要です。

まとめ

本記事では、労働災害が発生した場合、会社がどのような対応をすべきなのか、会社はどのような責任をとるべきなのか解説しました。

労働基準法により、労働災害の補償の責任を負っているのはあくまでも会社であるとされています。場合によっては、刑事事件や損害賠償請求に備える必要もあります。

労働災害が発生した際は、特に被災した従業員や遺族に対して誠実に対応することが重要です。

適切な対応ができなかった場合、処罰の対象となったり、企業イメージが低下したりなど、企業経営に重大な影響を与えかねません。万が一に備えて、労働災害が発生した場合にどのような対応をすべきなのか、またどのようなリスクがあるのか把握しておきましょう。

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