中村智彦氏お写真

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神戸国際大学経済学部教授/総務省地域創造力アドバイザー 
中村 智彦 氏

6月2日に経済産業省より「2023年版ものづくり白書」が公開された。今回のものづくり白書でも指摘されているが、日本の製造業にとって、この4年間は激動の期間であったことは間違いない。今回は第1章「ものづくり基盤技術の現状と課題」の内容を中心に考えてみたい。

製造業に影響を与えた社会情勢の変化

ものづくり白書では「2020年の新型コロナウイルス感染症の感染拡大から約2年が経過し、社会・経済活動の正常化の動きが進んでいるが、原材料価格の高騰の影響など、内外の環境変化の影響がみられる。」としている。(第1章,p2より抜粋)

コロナ禍の影響が本格化するのは2020年の夏以降であるが、その前の2019年には米中経済摩擦が先鋭化し「世界の工場」となった中国への過度の傾斜を懸念する意見は、日本の企業経営者の間でも多く聞かれていた。しかし、当時は米中だけではなく、日中/日米でも相互依存度が高まっており、楽観視する意見も少なくなかった。

しかし、コロナ禍の深刻化は、世界中に広がっていたサプライチェーンの脆さを露呈しただけではなく、原材料価格の高騰や調達困難を引き起こした。さらに、そこに2022年のロシアによるウクライナ侵攻が拍車をかけた。2021年までのコロナ禍の影響に加えて、2022年になると白書に掲載されている調査結果のように、エネルギー価格の高騰と円安による調達コストの上昇が新たに各企業の事業展開に大きな影響を及ぼしてきた。

▼事業に影響を及ぼす社会情勢の変化▼

「事業に影響を及ぼす社会情勢の変化」について

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

このように我が国の製造業を取り巻く情勢変化は、複合化しており、企業経営者はより複雑な判断を強いられていることが理解できる。

こうした影響は長期化する様相を見せており、白書の中でも「社会・経済活動の正常化の動きが進んでいる」とする一方で「企業の全般的な業況に関する判断を示す日本銀行「全国企業短期経済観測調査」の業況判断DIをみると、大企業製造業では、原材料価格の高騰などの影響により、2022年第1四半期から5四半期連続で悪化している。また、中小企業製造業では、2022年第2四半期以降、緩やかに改善していたが、2023年第1四半期に入ると、再度悪化している」という指摘もなされている。(第1章,p3より抜粋)

▼日本銀行「全国企業短期経済観測調査」業況判断DIの推移▼

「日本銀行「全国企業短期経済観測調査」業況判断DIの推移」について

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

ものづくり白書では「製造業は2021年時点で我が国GDPの約2割を占め、依然として我が国経済を支える中心的な産業としての役割を果たしている」として、その重要性を指摘している。(第1章,p2より抜粋)

しかし、一方で、我が国の2022年の経常収支について、約11.4兆円の黒字となったが、その中身が2021年と変化していることも指摘している。「前年からの変化をみると、輸入額が輸出額を上回る貿易収支の赤字化に加え、サービス収支や第二次所得収支の赤字幅が拡大したものの、第一次所得収支の黒字幅が拡大したことにより、約21.6兆円から大幅に減少しつつも、経常黒字を維持した」としている。その理由に関して、白書では次のように説明している。

「2000年代では海外の株式や債券などの有価証券投資に対する収益である「証券投資収益」が中心であったが、2010年代以降、海外現地法人の収益である「直接投資収益」の占める割合が増加してきた。2020年には新型コロナウイルス感染症の感染拡大などの影響により、「直接投資収益」を含め全体が減少に転じたが、2022年は海外経済の回復や円安が重なったこと等により、前年から増加し過去最大となる約35.3兆円の黒字を計上した。」(第1章,p7より抜粋)

つまり、これまで国内で製造した製品を輸出することで貿易収支を支えてきた製造業から、企業が海外に投資して設立してきた現地法人からの収益が貿易収支を支えるようになってきたことを示している。この点は、ものづくり白書を読み解く上で、重要な事実となっている。

▼第一次所得収支の推移▼

「第一次所得収支の推移」について

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

直近3年でものづくり現場で実施された企業行動

本来であれば、こうした影響は、2022年度内により深刻になっていたはずであるが、コロナ禍に対する政府の支援策の効果があり、経営への影響を緩和した。

首都圏のある中小企業経営者は、「雇用調整助成金や無利子融資などで、経営への悪影響をかなりの部分、緩和させることができたと思う。しかし、逆にコロナ禍への対策が収束するにつれて、今度はウクライナ侵攻や円安による影響がもろに出てくるので、急速に経営状況を悪化させている中小企業も多い」と指摘する。

ものづくり白書の第1章では「直近3年で実施した企業行動」の上位三点を「価格転嫁」「賃上げ」「人材確保」だと指摘している。このうち「価格転嫁」については、「高騰分のうち、価格転嫁できている金額は、50~60%とする回答が最も多」くなっていると指摘しており、原材料費の高騰分を価格転嫁できない企業も多いことが問題として指摘されている

▼直近3年で実施した企業行動▼

「直近3年で実施した企業行動」について

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

しかし「賃上げ」と「人材確保」に関しては、コロナ禍やウクライナ侵攻の影響と言うよりは、もともとの日本社会の問題が顕在化してきたと考える方が妥当だろう。人口ボリュームの大きかった団塊の世代が、2010年頃から後期高齢者となり。本格的に労働市場、消費市場からフェードアウトしてきている。その時期とコロナ禍が偶然重なった訳で、労働者不足は予見されてきたことであるはずだ

我が国の製造業に影響を及ぼしているそれぞれの原因をコロナ禍以前からに起因するものと、コロナ禍に起因するものと、ウクライナ侵攻によるものと、米中の政治的対立に起因するものなどに分類しながら、ものづくり白書を読み解く上で重要である。

国際的なサプライチェーン見直しの動き

一方、こうした世界情勢の不安定化は、国際的なサプライチェーンの見直しを促進していると考えられる。

ものづくり白書でも、第3節に「 我が国製造業の生産拠点の移転動向と経済安全保障の確保」の項を設け分析している。日本企業による生産拠点の国内回帰の動きは、コロナ禍前の米中貿易摩擦の先鋭化の頃から指摘されてきたことである。それが、コロナ禍による中国からの調達の困難、ウクライや台湾を巡る政治的な対立か深まるに連れて、中国依存型のサプライチェーン見直しが本格化していることの現れだと理解できる

▼生産拠点の移転と動向▼

「生産拠点の移転と動向」について

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

「我が国製造事業者の、直近における生産拠点の移転に関する調査の結果をみると、直近1年間で、生産拠点の移転(国内回帰、海外移転)を行った企業の中では、中国からの国内回帰が多かった。また、我が国とASEAN諸国との間では、新規移転数が国内回帰数を上回った」と分析している。(第1章,p26より抜粋)

2021年に日本商工会議所が、新型コロナウイルスによる中小企業への甚大な影響に対して「2021年度中小企業・地域活性化施策に関する意見・要望」を取りまとめ、その中で「サプライチェーンの国内回帰・地方立地の推進」を政府・政党に提出した。さらに、2022年に三菱商事相談役の小林健氏が東京商工会議所会頭に就任し、中小企業の国内投資拡大と生産拠点の国内回帰を強く要望するようになった。「日本および地域全体の成長のためには、中小企業の生産性向上や付加価値創出が不可欠」(日本商工会議所「中小企業の国内投資拡大に向けて」2022年12月8日)だとし、そのためには国内投資、すなわち海外からの生産拠点の回帰を進めるべきだとしている

ものづくり白書においても、こうした動きが背景にあり解説されている。さらに、今回の白書では「経済安全保障の確保に向けた政府の取組」を取り上げ、「国際的に、半導体などの戦略的物資や重要技術の確保の重要性が高まる中、各国は経済安全保障の取組を強化しており、我が国でも重要な課題となっている」ことを指摘している。(第1章,p28より抜粋)

ただ、首都圏の中小企業経営者は「国内回帰というが、手放しで喜べない。中国の人件費が上がり、中国企業の経営者と話すと、日本に発注する方が安いと言われた。もちろん円安のおかげもあるが、それだけではない。技術的にも、かつてのような優位性を保てていない」と指摘する。また、中部地方の中小企業支援機関の職員は、「マスコミの報道などでは国内回帰ばかりが取り上げられているが、実際には国内では労働力不足が深刻化しており、そう簡単な話ではない」とする。

ものづくり白書でも「海外移転の要因については、多くの製造事業者が【消費地生産】【労働者の量】といった要因を挙げており、海外に対する労働力の調達先や市場としての期待が大きい」としており、中国からの国内回帰が目立っているものの「我が国とASEAN諸国との間では、新規移転数が国内回帰数を上回った」ことも指摘している。(第1章,p26より抜粋)

今後の日本企業の海外移転と海外拠点の国内回帰の動きについては、国内の労働力不足の深刻化と、災害やコロナ禍のようなパンデミックなどの影響による国際的なサプライチェーンの見直し、そして中国やロシアといった国々との政治的、経済的な緊張感の高まりなどによって、大きく左右されるものと考えられる

▼直近1年間の国内回帰と海外移転の要因▼

「直近1年間の国内回帰と海外移転の要因」について

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

悪化傾向の資金調達と倒産・休廃業・開業の状況

第1章の最後では、企業の資金調達状況と、倒産・休廃業・開業の状況が述べられている。

まず、資金調達状況については「日本銀行「全国企業短期経済観測調査」の資金繰り判断DIをみると、2020年第2四半期に新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響等により、資金繰りが「苦しい」と判断した企業が増加した。その後、製造業では改善傾向にあったが、2022年第2四半期から大企業製造業、中小企業製造業ともに悪化傾向にある」と述べている。

一方、倒産・休廃業・開業の状況については、まず国内の倒産件数の推移は「製造業と非製造業ともに、2014年以降減少傾向で推移してきた」が、コロナ禍の影響から2022年には増加傾向に転じた。休廃業・解散件数の推移は、「製造業と非製造業ともに、2021年から増加しており、2022年には製造業は5,479件と、前年の4,986件から約1割増加」しており、一貫して増加傾向が続いていることがわかる。(第1章,p32より抜粋)

▼日本銀行「全国企業短期経済観測調査」資金繰り判断DI▼

「日本銀行「全国企業短期経済観測調査」資金繰り判断DI」

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

2023年に入り、原材料費の高騰に加えて、コロナ禍で拡充されていた雇用調整助成金の打ち切り、無利子・無担保のゼロゼロ融資の返済開始などによって倒産件数が急増しており、より厳しい状況が継続する見込みだ

製造業においては、国際市場で急速に進む自動車の電動化による産業構造の変革が進んでおり、それらの影響も今後本格化することが予想される。ものづくり白書の第1章の分析を見ても、我が国の製造業が置かれている状況は、予断を許さない状況にあると言うことが理解できる。

<現場改善ラボ編集部より>

『2023年版ものづくり白書徹底解剖』Part2:中小企業が直面する最も大きな課題は以下よりご覧いただけます。併せてご覧くださいませ。

執筆者プロフィール

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神戸国際大学経済学部教授/総務省地域創造力アドバイザー 

中村 智彦 氏

1964年東京生まれ。上智大学文学部卒業。名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了。学術博士号取得。民間企業勤務で営業、経理、総務、海外駐在を経験し、その後に大学院進学。大阪府の経済経営系の研究所に勤務の後、大学教員に転じ、現在、神戸国際大学経済学部教授、関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学工学部非常勤講師などを務める。

総務省地域力創造アドバイザー、自治大学校講師、市町村アカデミー講師のほか、山形県川西町、東京都北区、京都府向日市など自治体のアドバイザーを務める。専門は、中小企業経営と地域振興。