ヒヤリハットとは、製造業や建築業などあらゆる業界の作業現場で危険と感じた出来事のことです。ヒヤリハットが起きた時にはヒヤリハット報告書を書くと同時に、原因と対策を考えることで、現場で同じ出来事が起きることを未然防止します。
「実際にケガや事故が起きていないなら、そこまで大事に扱わなくても…」と思われるかもしれませんが、ヒヤリハットを対策すべき理由はハインリッヒの法則から読み解けます。
そこで本記事では、ヒヤリハットの意味やハインリッヒの法則の概要、報告書の書き方と具体的な対策例を解説していきます。
ヒヤリハットの原因と対策を考えることが、最終的に労働災害といった重大な事故の未然防止につながります。現場改善ラボでは、さまざまな事故の現場を見てきた元労働基準監督署署長が、安全管理のあり方について解説する動画を公開していますのでご覧ください。

目次
ヒヤリハットとは?言葉の意味と原因
ヒヤリハットの意味
「ヒヤリハット」とは仕事中などに危険だと感じた出来事のことです。「ヒヤリとしたこと」「ハッとしたこと」といった言葉が語源とされています
現場でのヒヤリハットは、重大な事故やケガといった労働災害にもつながりかねない状況です。ただ「危なかった」で終わらせるのではなく、なぜ起きたのか?対策を考えることが重要です。
ヒヤリハットの原因
ヒヤリハットの原因としては様々なものが考えられますが、代表的な3つの原因を取り上げます。
ヒューマンエラー
まずは不注意や慣れ、疲労といった要因による「ヒューマンエラー」系が挙げられます。注意点として、ここでケアレスミスを責めたり、「しっかりしろ」などの精神論に走るのは現場の改善につながりません。ヒヤリハットの抑制や検知をする仕組みづくりが大切です。
具体的なヒューマンエラーの発生要因や対策例は、以下の記事で解説しています。
関連記事:ヒューマンエラー対策12選!5つの要因とミスを回避するポイントは?
5Sの不徹底
2つ目に、現場で「5S」が浸透していないことが挙げられます。5Sとは、整理・整頓・清潔・清掃・躾(しつけ)の頭文字を総称したものです。すべてを習慣化することで、作業効率や安全性の向上につながります。
この5Sが浸透していない場合、ヒヤリハットの原因となります。具体的な例として
・足元にコードがあり、つまずいた
・床が汚れて滑りやすくなっている
・作業場が散らかり刃物といった危険な工具が見えない
といったものが挙げられます。
5Sに取り組むことでヒヤリハット対策だけでなく、良い経営成果を出すことも期待できます。現場改善ラボでは、5Sを活用したこれからのものづくりについて経済産業省先進技術マイスターによる解説動画をご視聴いただけます。ぜひご参照ください。
システムや制度の欠陥
最後3つ目は、「システムや制度の欠陥によるもの」もよく見られる原因です。これは、仕組みが要因で起きてしまったヒヤリハットを示しており、制度を見直す良いきっかけになります。対策には、フールプルーフやフェイルセーフの考え方を取り入れることが挙げられます。
ここで挙げたものはヒヤリハットの原因として多い例に過ぎません。ケースによって、異なる原因であることも十二分にあり得ます。ヒヤリハットの原因は決めつけずに、深堀をして考えることが大切です。
関連記事:フールプルーフとはどういう設計?品質不良/ヒューマンエラーを未然防止する考え方、使用例を解説
ヒヤリハット対策の重要性がわかる「ハインリッヒの法則」とは?
「ヒヤリハットとは?」では、ヒヤリハットの原因を深堀して対策を考えることが重要とお伝えしました。なぜここまでする必要があるのか?それはハインリッヒの法則を理解することで解釈ができます。
ハインリッヒの法則とは、アメリカの損害保険会社に勤めていたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ氏が提唱した概念です。1件の重大事故が発生する裏には、29件の軽微な事故と300件の事故寸前の出来事が存在するというものです。
300件の事故寸前の出来事がヒヤリハットに該当し、ヒヤリハットの頻度が多ければ多いほど、軽微な事故やケガ、重大な労働災害が発生する可能性が高まります。実際、1:29:300という数字も安全衛生関連の文脈ではよく用いられます。
ヒヤリハットは、日常で起こっているこの300件の事故寸前の気付きを共有・対策することで、事故が起きることを未然防止できます。そのため、ヒヤリハットの原因深堀や対策は、現場の全従業員を安全に守るために必要不可欠な取り組みです。
ヒヤリハットの業界別事例集
ヒヤリハットの内容は業界・業種によって千差万別です。ここでは厚生労働省「職場のあんぜんサイト」内で紹介されている、ヒヤリハット事例を抜粋して一部ご紹介いたします。
製造業の事例
・「ベルトコンベアの清掃中、手が巻き込まれそうになった」
(厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」より引用)
この事例は、ベルトコンベアを停止させず清掃作業をしていたことが原因です。機械に挟まれたり巻き込まれたりした場合、体の一部を失う・死亡してしまうといった労働災害になるケースが少なくありません。
機械の清掃・点検作業などを行う際は確実に停止していることを確認の上、周囲の人にも絶対に機械を動かさないようコミュニケーションを行うことが必要です。
建設業の事例
・「暗い場所で写真撮影をしようと後ろへ下がった際、階段に気がつかず転落しそうになった」
(厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」より引用)
この場合、暗い場所で作業を行ったこと、後方確認ができていなかったことが原因です。しっかりと懐中電灯やライトなどを準備してから行うこと、後方へ歩行する際は必ず確認してから行うことなどが対策として考えられます。
食品製造業の事例
・「食パンをスライスしていた際、指が刃に接触しそうになった」
(厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」より引用)
この場合、本来は押し板を使用してスライスすべきだったところ、慣れから手で押していたことが原因です。経験がある、慣れているからと手順を省略するのではなく、ルール通りに押し板を使用してスライサーを利用すべきです。
小売業の事例
・「カッターでダンボールを切断している際、足を切りそうになった」
(厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」より引用)
この場合、カット作業の際の体勢が原因です。カッターの刃と身体の距離を離すこと、慌てず余裕を持ってカット作業を行うこと、刃先にはタオルなどを用意し安全に配慮することが対策として考えられます。
介護業界の事例
・「起床介助で車いすへ移乗する際に、無理な体勢で抱えたため肋骨を痛めそうになった」
(厚生労働省「ヒヤリ・ハット事例」より引用)
この場合、無理な体勢で介助を一人で行ったことが原因です。体への負荷が少ない体勢で抱える、または複数人で介助を行うといった対策が考えられます。
ヒヤリハットの報告は重要
なぜ報告が重要なのか?3つの理由
ヒヤリハットは「事故には至らなかったものの危険と感じた出来事や状態」です。このようなヒヤリハットを社内に報告することが重要である理由は大きく3点存在します。
知識の共有と浸透のため
一つ目の理由は知識の共有と浸透のためです。自分の経験したヒヤリハットを報告することで、他のメンバーも「この作業は気をつけよう」「そんな危険が潜んでいたのか」と気づきを得るきっかけとなります。
加えて、1人では解決法が思い浮かばなかったとしても、他のメンバーのアイデアによって対策できることもあるなど、より権限を持った役職の人に動いてもらうことも可能となります。
言語化による危険の具体化・明確化のため
理由の二つ目として、言語化による危険の具体化・明確化が挙げられます。もし、ヒヤリハットを報告するというプロセスがなければ、危険な出来事に遭遇しても「おっと、危なかった」だけで終わってしまいます。
しかし、報告する必要があるとなれば、「危険の原因は何なのか」「他に似たような危険が潜んでいる場所はないか」という部分まで深掘りすることが可能です。
また、人に状況を説明するためには自分自身がしっかりと理解していなくてはならないため、より具体的に事象を分析することに繋がります。そしてチェックを行い、場合によってはその場で危険を排除することも出来るでしょう。
危険を意識する習慣ができるため
三つ目の理由として、危険を意識する習慣ができることが挙げられます。ヒヤリハットを報告するというプロセスがあることで、普段から「何か危険が潜んでいそうなところは無いか」「あまり気にしたことは無かったがあの部分、実は危険じゃないか」など考えることにつながります。
報告は「ヒヤリハット報告書」で行う
ヒヤリハットの報告には、ヒヤリハット報告書と呼ばれる文書を使用するケースが多いです。いつどこで何があったか記録に残すことで、原因や対策を考えて同様の事象を未然防止するきっかけとなります。また文書を社内で共有することで、従業員の安全に対する意識醸成にもつながります。
このような目的から、報告はヒヤリハット報告書で行うことが一般的です。情報共有が目的の1つであるため、作成後は一定期間保管をすることがよいでしょう。ある医療機関では報告後、1年間は保管すると定めているようなケースもあります。
ヒヤリハット報告書の項目例や書き方
報告書の項目例
ヒヤリハット報告書の項目は特に決まりはありません。そのため、職場によって意見を出し合い項目をカスタマイズしていくとよいでしょう。ゼロから作成するのは工数がかかるため、ベースとして以下の項目例/フォーマットをご活用ください。
項目例
日時、報告者名、発生場所、ヒヤリハットの概要/分類/原因/対策 など…
業界業種によっては、絵や図なども書き加えられる項目があると、より状況が伝わりやすい報告書になります。
書き方の注意点やポイント
ヒヤリハットの原因特定や対策、社内共有を適切に行うためには、報告書の書き方が重要といっても過言ではありません。ここでは、書くときに意識したい注意点やポイントを4つご紹介します。
事象が発生したらすぐ作成する
人の記憶というのは思っている以上に長続きしません。報告書を書くまでに時間が空いてしまうと、具体的な内容を書くことが難しくなり、分析や情報共有につながる報告書になりません。
記憶のメカニズムに「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれるものがあります。人の記憶は1時間後にはおよそ50%、1日経過するとおよそ70%忘れてしまうという提唱です。ここから、報告書を作成する時間が遅くなるほど詳細な内容を盛り込めなくなることが分かります。
ヒヤリハットがあった際はすぐに作成する、もしくはメモなどに残して思い出せる状態にすることが望ましいです。
客観的な視点で書く
報告書を書く時には、自分自身の印象など主観的な内容ではなく、事実をありのまま伝える客観的な視点を意識することが大切です。ヒヤリハットの原因を分析し適切な対策を講じるには、客観的な事実に基づくことが必要です。
そのため、基本的には客観的な視点で書きつつ、主観的な情報を記載する際は「~と思う」といったように、主観的な推察であることが分かる表現にするとよいでしょう。
5W1Hを意識して書く
前述したポイント「客観的な視点で書く」ためには、5W1Hを意識することが効果的です。
・When(いつ)
例:2月3日の16時ごろ
・Where(どこで)
例:トラックの荷台で
・Who(誰が)
例:荷卸し担当の〇〇が
・What(何を)
例:荷卸し作業中にバランスを崩して転倒しそうになった
・Why(なぜ起きた)
例:重い荷物を一人で持とうとした、荷台作業の危険性を教育していなかった
・How(どうした)
例:荷台の端に捕まってバランスを保った
このように整理することで、客観的な事実が端的に分かりやすく書くことができます。
現場で用いられる通称や専門用語を使わない
ヒヤリハット報告書は、他部署や新人教育などあらゆる場面で見られるため、その現場の知識がない方も見ている可能性があります。特定の現場で用いられている通称や専門用語で作成すると、そのような方たちに伝わらない報告書となってしまいます。
作成するときには、小中学生が見ても分かるような言葉で書くことを意識しましょう。
ヒヤリハットの報告=良いこと
ヒヤリハットを初めて起こしてしまった人や重ねてしまった人は、怒られる・責められるといった不安に駆られるのではないでしょうか。しかし、ヒヤリハットの報告は叱責することが目的ではありません。重大な事故やケガにつながりかねない事象を知り、適切な対策を講じることができるので、同様のヒヤリハットを将来的に防止することにつながっています。
一時的にマイナスな気持ちになってしまうかもしれませんが、将来起こりえた労働災害を未然防止したと捉えて報告を行いましょう。
報告を受ける側も、ヒヤリハットを起こしてしまった人の心情を汲み取ったうえで、報告をしやすい環境を整えて報告する文化を定着させる必要があります。次章では、ヒヤリハットの報告をしやすい環境を作り、定着させるためのポイントを3つ解説します。
ヒヤリハットの報告を定着させるためには?
ヒヤリハットの報告を定着させるためのポイントは3つあります。ヒヤリハットの報告が定着しない場合、これらのポイントのいずれかが守られていない場合が多いです。
「報告した場合のメリット」を仕組みとして取り入れる
1つ目のポイントとして、「報告した場合のメリット」を仕組みとして取り入れることが挙げられます。具体的には「ヒヤリハットを報告した社員には褒賞を用意する」、「表彰を行う」、「評価にプラスを付けると明言する」などが考えられます。
「ヒヤリハット報告書を作れるゆとり」を設ける
2つ目のポイントとしては「ヒヤリハット報告書を作れるゆとり」を設けることが挙げられます。ヒヤリハット報告書の作成には、時間や手間がかかります。そのため、普段から業務に追われている従業員に「ヒヤリハットを報告しろ」とだけ投げかけても効果は薄いです。
ヒヤリハット報告書には時間などのリソースがかかることを管理職が認識し、活動に時間を割くことができるようなゆとりを生み出してあげる必要があります。
犯人探しをしたり、対策を行う人を無理に決めつけない
3つ目のポイントとしては「犯人探しをしたり、対策を行う人を無理に決めつけない」ことです。ヒヤリハット報告によって危険が見つかった際に、「こうなっているのは〜さんのせいである」の様に犯人探しをしてその人を責めることは意味がありません。雰囲気が悪くなり仕事のパフォーマンスが低下するだけでなく、最悪の場合はパワハラや離職のきっかけとも捉えられかねません。
また、「対策は〜さんが行うこと」の様に無理やり押し付けることは得策ではないと心得ましょう。無理やり押し付けられた本人は、進捗を報告するために「形だけ」の対策になることが多いです。1人に負担を押し付けず全員で対応していく必要があります。
「報告をすると対応を押し付けられるので報告しないでおこう」という思考になってしまわない様、避けるのが賢明です。
ヒヤリハットの対策
ここまで、ヒヤリハットの報告について重要性や報告書の内容を解説してきました。報告後のステップは、発生したヒヤリハットの対策を考えることです。対策の手法は一つではありません。様々なアプローチが考えられますが、ここでは代表的な対策を4つ紹介いたします。
代表的な4つの対策
ヒヤリハットの報告会を定期的に開催する
まず1つ目は「ヒヤリハットの報告会を定期的に開催すること」です。
定期的に報告するというルーティーンができることで、日頃から危険な業務に対する危険予知能力を鍛えることができます。
他のメンバーの意見や実際に起きたヒヤリハットを聞くことで、ヒヤリハットや労働災害を未然防止することに繋がります。
安全教育を行う
続いては「安全教育を行う」ことです。安全教育の方法としては、研修や講習会を設ける、マニュアルや動画などの教育ツールを整備すると効果的です。実際に起こった労働災害などを知ることで、自分事として捉えることができるようになり、危険予知能力の向上が期待できます。
「労働安全衛生法」「熱中症防止教育」などテーマを決めて開催していくのもよいでしょう。
関連記事:マニュアルの意味とは?わかりやすく作るコツと流れを解説
KYT(危険予知訓練)の実施
ヒヤリハットの対策には、危険予知能力を鍛えるのが方法の1つです。鍛える手法としては「KYT(危険予知訓練)」が挙げられます。KYTとは、現場で労働災害に繋がりうる危険源を自ら探し出し、適切な対策を講じる能力を高めるトレーニングです。
KYTを行うことで、ヒヤリハットや労働災害が減少するのは勿論のこと、5S活動推進のきっかけやチームワーク向上など、さまざまな効果をもたらします。
KYTについては、以下の記事で詳細に解説しています。
関連記事:KYT(危険予知訓練)とは?取り組む4つの目的や方法、業界別の例題を解説!
労働環境の改善最後に「労働環境の改善」が挙げられます。これは根本的な解決策となりうる場合も多く、効果が見込める対策といえます。
具体的には「人員を増やし、時間にゆとりを持てるようにする」「職場を快適な気温に設定することで熱中症を防ぐ」などです。ヒューマンエラーやケアレスミスを責めることは逆効果になる場合も多いため、避けたほうがよいでしょう。
ヒヤリハットの防止に取り組んでいる企業事例
前項では、ヒヤリハットの代表的な対策をご紹介いたしました。ここではヒヤリハットに対する対策として「動画マニュアルによる教育」を行っている2社の事例を解説いたします。
製造:大同工業株式会社
大同工業株式会社は、オートバイや自動車、産業機械、福祉機器など幅広い事業を展開するグローバル企業です。現場では、新人教育をOJTで行っていたものの、技術や手順が我流化していました。それにより、教え方のバラつきによるヒヤリハットの発生が生じていました。
そこで、動画教育システム「tebiki」を用いたことで、教え方のバラつきを無くすことが実現できました。また、文書マニュアルと比較して、作成の手間が削減できたことで業務の効率化にもつながりました。
食品:日世株式会社
日世株式会社は、コーン・ミックス・フリーザーを含めた、全ての関連商品を供給しているソフトクリーム総合メーカーです。入職時の新人教育を目的とした研修を定期的に行っていましたが、教育者による注意点や優先度の伝わり⽅に偏りが出てしまい、結果的に現場のトラブルやヒヤリハットにつながっていました。
動画教育システム「tebiki」を用いたことで、教え方の偏りを無くしつつ、入職時の研修を動画に置き換えたことで、教育者の手間が1/10に削減されました。
まとめ
本記事では、ヒヤリハットの意味や業界別のケースといった基礎情報から、ヒヤリハット報告書の重要性と書き方をご紹介しました。
適切に報告を行う環境を整えることで、最適なヒヤリハット対策を講じることができます。代表的な対策例や、動画を活用した実際の企業事例をご紹介した通り、対策の手法は多数あります。
現場にマッチした対策を行い、事故のない労働環境を作り上げていきましょう。